誕生日とクリスマス
私は誕生日とクリスマスが近い。
毎年ちゃんと誕生日もクリスマスもやってくれる夫。
数年前から私が一年に一回は財布を買い換えるよ、財布が疲れてお金が入ってこなくなっちゃうから。春に財布を新しくすると財布が張っていいんだよ。というとそこから毎年クリスマスプレゼントは財布を贈り合うことになった。
今年も例に漏れず財布なのだけども夫は財布を長ザイフと二つ折り二個持ちするのでどちらかしか買い換えれない。
財布やお守りは人からもらった方がいい、それも金運のある人にもらうといい。私はお金に困らないから多分金運はいいんだろう。
なんかあるとはいってくるし、そんな浪費しないので基本貯まるようになっている。ただ、夫と結婚してからは夫が俺が守ると言ってあまり私が外で働くのを良しとしないのでそれこそ投資かなんかで稼ぐしかない。子供が産まれて手が離れてきたら私はまた働こうかなと思っているけど。それまでに夫の収入がめちゃ増えたら家計に回すぶんふやしてくれるかな…。
長ザイフはお気に入りのブランドのものであまり使わないからここ数年は変えてないけどとても綺麗だからそのままにしてよく使うし汚くなる二つ折りの財布を新調することにした。
その長ザイフと同じブランドの同じシリーズで。
早速映画の前に財布見に行こうか、というと自分の欲しい財布のブランドショップに行って見つけてきたのでもうクリスマス近いし、と買っておいた。
毎年これが結構な出費になるわけだけどそれと誕生日以外は特に何もあげないのでまあいいことにしている。ただ、メンズのいい財布は高い。
私のなんてそんないいものを要求しないのでしれてるけど、ちょっといいの買ってもらおうかな…まあ誕生日とひっついてるし今そんな事業うまくいってないからダメか…。
そんなことを考えてる裏で、必ず思い出すエピソードがある。
それはまだ夫が二股かけていた時のこと。私から長ザイフ、二股相手から二つ折りの財布をもらっていた。そしてそれを客の前で、私もいる前で自慢気に2つ並べて見せては財布を二個持ってた方がいい、春に新春に買い換えるといいとのたまっていたことを思い出す。
そのあとその二つ折りの財布が二股相手からのものと知り、捨てさせた。
その頃の彼は二股相手と別れる、離れていってるときっぱりいっていたが、ちゃっかり財布はもらい、自分もその相手に財布を贈っていた。ブランドは忘れたけど多分ブルガリだったよーな…かのドンキで買ったであろう数年前のクリスマス前の日付の入った保証書が車のトランクから出てきて無言で捨てたのは結婚してからのことだ。もう昔のことだし言っても私の腹の虫は少しおさまるだろうけど夫はまた逆ギレするんじゃないかと思って敢えて言わなかった。
いらんことはするもんじゃない。
色々超えてきた私たち夫婦は主にもちろん夫が二股も三股もしてたからその当時のイラン思い出をトラウマ的に抱えちゃってる。
超えてきたからと言って消えるわけでもない、
やっぱり嫌な思い出として毎年財布を選ぶたびに思い出すので全然よくない。
かと言ってその習慣をやめようと言あとまた機嫌が悪くなるんだろうし、ヘソ曲げさせたらもうややこしいから私が我慢してる。
最近思うのが夫はやっぱり自己中なのである程度こっちが自衛しないとダメだということ。
どんどん私名義の口座からお金がなくなっていく。
産まれてくる子ども用品はなるべく夫と買いに行って買ってもらわないと…。
それでなくても私には既に2人子供がいて、その2人は夫はかわいがりはしないとわかってる。けど私にとっては全く産まれてくる子と何の差もない可愛い我が子。しかもこれまで育ててきた子だからまだ見ぬお腹の子よりももちろん可愛いに決まっている。だから2人にお金を使いたい。夫はお腹の子に使ってくれればいい。
夫は毎日のようにお腹に話しかけて胎動を頬で感じては喜んでいる。
桜の通り抜けに我が子を抱いていくことを想像しては幸せそうな顔をしている。
私は夫が心からしあわせだと感じてくれることは本当に嬉しい。嬉しかった。
過去形にしたのはやっぱり自己中というか、自分の大切な人を守るために自分が犠牲になることはしないんだと確信してきたからに他ならない。
もちろん自分が傷つけたらその償いはするけど、利益、ただ、プラスになることについては自分がマイナスになるならやらないのだ。
好きなんだけどな、夫のことは。
彼も多分好きでいてくれてるけど最近なんか変わってきたなと思う。